早稲田大学競走部のエースとして注目を集めている山口竣平選手。高校時代から全国トップクラスの実績を残し、大学では箱根駅伝でも存在感を示しています。
そんな山口竣平選手について検索すると「兄弟」というキーワードが出てきます。同じ早稲田大学競走部で活躍した山口智規選手と、実の兄弟なのか気になるところですよね。
そこで当記事では、山口竣平選手の兄弟や家族構成を中心に、中学・高校時代の経歴、高校駅伝や箱根駅伝での活躍、怪我からの復活、5000mの記録まで詳しく紹介します。
- 山口竣平選手と山口智規選手が兄弟なのか
- 山口竣平選手の父や妹など家族構成
- 津幡南中学から佐久長聖高校、早稲田大学までの経歴
- 怪我から復活して5000m13分17秒19を記録した経緯
山口竣平の兄弟は?山口智規とは実の兄弟ではない
山口竣平選手と山口智規選手は、同じ名字を持つ早稲田大学競走部の先輩後輩です。山口智規選手は学法石川高校から早稲田大学へ進み、山口竣平選手は佐久長聖高校から早稲田大学へ進学しています。同じ「山口」という名字で、早稲田の長距離エースとして同時期に活躍したため、兄弟なのではないかと検索する人が増えたと考えられます。
実際、早稲田大学の公式記事でも、山口竣平選手は長野・佐久長聖高校出身のスポーツ科学部生として紹介されており、山口智規選手とは別の選手として掲載されています。
山口智規とは血縁関係のない早稲田の先輩後輩
2人が兄弟と間違われやすい最大の理由は、早稲田大学の長距離ブロックでエース級の活躍を見せていたことです。山口智規選手が主力として活躍する一方、山口竣平選手も1年時から箱根駅伝3区を任され、6人抜きの快走を披露しました。
さらに、山口竣平選手は2026年4月の日本学生対校選手権で10000m27分59秒47を記録して優勝し、7月には5000m13分17秒19をマークしています。早稲田の公式記事でも、山口智規選手が前年に13分16秒56を記録した大会で、山口竣平選手が13分17秒19を記録したことが紹介されています。
このように、同じ名字だけでなく、同じ早稲田大学競走部でトップレベルの記録を残していることが、兄弟説につながったと考えられます。ただし、山口竣平選手と山口智規選手を実の兄弟とする確かな情報は確認されていません。
山口竣平の家族構成は両親と妹の4人家族
山口竣平選手の家族構成は、両親と妹を含む4人家族とされています。山口竣平選手が陸上競技を始めるきっかけにも、ご両親の存在が大きく関わっています。
山口竣平選手は小学5年生のとき、金沢市のロードレース大会に出場して入賞しました。その経験をきっかけに、ご両親から陸上を本格的にやってみないかと勧められ、競技を始めたとされています。
また、家族とのエピソードとして注目されるのが妹さんと実家の猫です。高校1年生の3月に帰省した際、妹さんへの誕生日プレゼントとして猫を飼っていたことを明かしており、もともとは犬派だった山口竣平選手が猫派になるきっかけにもなったそうです。
家族については一般人であるため、父親の氏名や職業など詳しいプロフィールは公表されていません。一方で、陸上を始めるきっかけを作ったご両親や、妹さんとの温かなエピソードからは、山口竣平選手が家族の支えを受けながら競技を続けてきたことがうかがえます。
(出典:早稲田大学)
山口竣平の中学は津幡南中学!1年時から全国で活躍
山口竣平選手は石川県の津幡町立津幡南中学校で陸上競技に取り組み、中学1年生の頃から全国舞台を意識していました。早い段階から長距離選手として頭角を現し、高校進学では佐久長聖高校を目標にしていました。
津幡南中学時代から佐久長聖を目指していた
山口竣平選手は中学1年生の頃から佐久長聖高校への進学を目指していました。2018年には石川県の通信陸上競技大会で1500m4分40秒82を記録し、4位に入っています。
中学時代には全国中学校駅伝にも出場しており、長距離選手として経験を積みました。中学1年生の段階から佐久長聖高校を意識していたことからも、早い時期から全国レベルの選手を目指していたことが分かります。
山口竣平選手にとって佐久長聖高校は、単なる進学先ではありませんでした。全国屈指の駅伝強豪校で競技力を高めるという明確な目標を持って進学しています。
山口竣平の高校は佐久長聖!寮生活で急成長
山口竣平選手は長野県の佐久長聖高校へ進学し、全国トップクラスの長距離選手へ成長しました。高校では寮生活を送り、強豪校のチームメートと切磋琢磨しながら競技力を高めています。
高校1年はホームシックに悩んだ時期も
山口竣平選手は佐久長聖高校に入学した直後、慣れない寮生活に苦労した時期がありました。石川県から長野県へ移り、家族と離れて生活する環境は大きな変化でした。
入学して最初の1週間ほどはホームシックになったとされています。それでも、全国から集まった実力のある選手たちと練習する環境に身を置き、少しずつ高校生活に適応していきました。
佐久長聖高校では駅伝を意識した質の高い練習を重ね、高校生トップクラスの記録を残すまでに成長しました。高校時代の経験は、後の箱根駅伝での走りにもつながっています。
5000m13分34秒59を記録した高校時代
山口竣平選手は高校3年時に5000m13分34秒59を記録しました。2023年11月にマークした記録で、当時の高校歴代5位に相当する非常に高い水準でした。
高校生の段階で13分30秒台前半まで記録を伸ばしたことで、山口竣平選手は大学進学後のさらなる飛躍が期待される存在になりました。長距離走で必要となるスピードと持久力を、佐久長聖高校で磨いたことが大きな成長につながっています。
高校時代の実績はトラックだけではありません。駅伝でも重要な区間を任され、全国大会でチームの優勝に貢献するなど、ロードでの勝負強さも発揮しました。
山口竣平の高校駅伝での成績は?佐久長聖で全国優勝
山口竣平選手は佐久長聖高校の主力として全国高校駅伝に出場し、チームの優勝に貢献しました。高校最後の駅伝シーズンには、全国大会だけでなく都道府県対抗駅伝でも個人として強い印象を残しています。
全国高校駅伝で大会新記録の優勝に貢献
山口竣平選手は2023年の全国高校駅伝で佐久長聖高校の優勝に貢献しました。佐久長聖高校は2時間1分00秒でフィニッシュし、大会記録を更新しています。
全国屈指の選手が集まる佐久長聖高校の中でも、山口竣平選手は重要な戦力として起用されました。高校最後の大舞台でチームの優勝に貢献した経験は、山口竣平選手の競技人生において大きな実績です。
個人の5000m記録だけでなく、チームのために駅伝を走る力を身につけたことも、山口竣平選手の特徴です。高校時代に全国駅伝で結果を残した経験が、早稲田大学での駅伝起用にもつながったと考えられます。
都道府県対抗駅伝では区間新記録とMVP
山口竣平選手は全国都道府県対抗男子駅伝でも長野県代表として活躍しました。高校2年生のときには長野県チームの4区を担当し、区間記録を更新する走りを見せています。
さらに区間賞を獲得し、大会MVPにも選ばれました。全国の高校生や大学生、実業団選手が集まる大会で高い評価を受けたことで、山口竣平選手の実力が広く知られるきっかけになりました。
高校駅伝でチームの優勝に貢献し、都道府県対抗駅伝では個人として結果を残したことで、山口竣平選手は高校長距離界を代表する選手の一人へ成長しました。
山口竣平の箱根駅伝での成績は?1年時に6人抜き

早稲田大学へ進学した山口竣平選手は、大学1年生から箱根駅伝に出場しました。1年生ながら3区を任され、6人を抜く快走で区間3位に入るなど、大きなインパクトを残しています。
3区で1時間1分15秒を記録し区間3位
山口竣平選手は第101回箱根駅伝の3区で1時間1分15秒を記録し、区間3位に入りました。レースでは6人を抜き、早稲田大学にとって大きな順位浮上をもたらしています。
1年生で箱根駅伝の3区という重要区間を任されただけでも期待の大きさが分かります。さらに区間3位の好走を見せ、当時の早稲田大学記録を更新する走りとなりました。
高校時代から全国トップクラスで戦ってきた山口竣平選手ですが、大学駅伝でもすぐに結果を残しました。箱根駅伝での快走によって、早稲田大学の次世代エース候補として注目を集めるようになりました。
祖母の箱根駅伝観戦の夢を叶えた快走
山口竣平選手の箱根駅伝初出場には、祖母との心温まるエピソードがあります。祖母には「生きているうちに箱根駅伝を現地で見たい」という長年の夢があり、山口竣平選手の出場によって、その夢が実現しました。
祖母は湘南の沿道で山口竣平選手の走りを見守りました。家族にとっても特別な一日となり、山口竣平選手自身にとっても、箱根駅伝が単なる競技以上の意味を持つ大会になったと考えられます。
山口竣平選手は箱根駅伝では2区を走りたいという強い思いも持っています。1年時に3区で結果を残した経験を土台に、今後さらに重要な区間での活躍が期待されます。
山口竣平の怪我は左大腿骨の疲労骨折だった
山口竣平選手は大学2年生の秋に左脚の疲労骨折が判明し、約2カ月にわたって競技から離れました。出雲駅伝や全日本大学駅伝を欠場する苦しい時期でしたが、復帰後は以前より高い競技力を発揮しています。
大学2年の秋に疲労骨折で約2カ月離脱
山口竣平選手は菅平での合宿中に左脚の違和感を覚え、MRI検査によって左大腿骨の疲労骨折が判明しました。出雲駅伝の4日前に判明したため、重要な大学駅伝を欠場することになりました。
約2カ月にわたって走れない期間が続き、山口竣平選手にとって大きな試練となりました。順調に競技生活を送っていた時期だっただけに、レースから離れる時間は精神的にも簡単ではなかったと考えられます。
一方で、走れない期間を単なる停滞にはしませんでした。練習以外の時間を使って競技や自分自身について考え直し、復帰後の成長につながる時間へ変えていきました。
怪我をきっかけにフィジカル強化へ
山口竣平選手は怪我をきっかけに、フィジカル面や走り方を見直しました。花田勝彦監督の指導やトレーナーとの取り組みを通じて、体幹や筋力を強化し、スピードを生み出す走り方も学んでいます。
また、武見沢監督の著書を読むなどして、競技に取り組む姿勢や周囲への感謝について考える時間も持ちました。走れない期間だからこそ、自分の競技人生を振り返る機会になったようです。
花田監督も、怪我によって山口竣平選手の殻が破れ、潜在能力が開花したという趣旨の評価をしています。復帰後の大幅な記録更新を見ると、故障期間が競技者としての転機になったことが分かります。
山口竣平の故障からの復活がすごい!27分台と13分17秒台を記録
怪我から復帰した山口竣平選手は、2026年に自己記録を大きく更新しました。10000mで27分台、5000mで13分17秒台という結果を残し、大学長距離界でもトップクラスの選手へ成長しています。
日本インカレ10000mで27分59秒47を記録
山口竣平選手は2026年4月の日本学生対校選手権10000mで27分59秒47を記録して優勝しました。かねてから「いつかは28分を切らなければ」と考えていた山口竣平選手にとって、4月という早い時期に27分台を達成したことは大きな出来事でした。
27分59秒47という記録は、山口竣平選手が持つスピードと持久力の高さを示しています。怪我から復帰して間もない段階で大きな記録を残した点も注目されました。
山口竣平選手は記録達成に驚きながらも、さらなる成長を見据えています。27分台を一度出して終わりではなく、今後さらに記録を伸ばしていくことが期待される結果となりました。
5000mで13分17秒19をマーク
山口竣平選手は2026年7月、ホクレン・ディスタンスチャレンジ千歳大会の5000mで13分17秒19をマークしました。日本人学生歴代4位に相当する記録で、外国人選手を含めた全学生では歴代9位となる水準です。
レースでは日本人選手のトップでフィニッシュし、全体でも5位に入りました。10000m27分台を記録した後、5000mでも13分17秒台まで記録を伸ばしたことで、山口竣平選手の復活が本格化していることを示しました。
本人は13分17秒19という結果にも満足しきっておらず、さらに若い選手に記録を抜かれる可能性を意識しています。高い記録を出した後も上を目指す姿勢が、山口竣平選手の強さにつながっています。
山口竣平の5000m自己ベストは13分17秒19!
山口竣平選手の5000m自己ベストは13分17秒19です。高校時代に13分34秒59を記録した選手が、大学進学後にさらに17秒以上タイムを縮め、日本人学生歴代上位の記録まで到達しました。
日本人学生歴代4位となる圧巻の記録
13分17秒19は、山口竣平選手が日本人学生歴代4位となった自己ベストです。大学生として非常に高い水準の記録であり、山口竣平選手が日本の長距離界でトップクラスに位置していることを示しています。
高校時代の5000m自己ベストは13分34秒59でした。高校から大学へ進んだ後、競技環境や身体づくり、走り方を見直したことで、13分20秒を切る水準まで記録を伸ばしています。
特に注目されるのは、怪我を経験した後に自己ベストを更新している点です。故障を乗り越えて競技力を高めたことは、山口竣平選手の今後を考えるうえでも大きなポイントです。
高校時代から大学でどう記録を伸ばした?
山口竣平選手は高校時代の13分34秒59から、大学で13分17秒19まで記録を伸ばしました。高校時代に培った持久力をベースに、大学ではフィジカル強化やスピードを生み出す走り方に取り組んでいます。
特に大学2年時の疲労骨折をきっかけに、体幹や筋力を強化したことが大きな変化です。単純に練習量を増やすだけではなく、身体を効率よく使うことを意識した点が、復帰後の記録向上につながったと考えられます。
10000mで27分59秒47を記録した後、5000mでも13分17秒19をマークしたことから、スピードとスタミナの両面で成長していることが分かります。
山口竣平は早稲田大学のエース!スポーツ科学部で競走部に所属
山口竣平選手は早稲田大学スポーツ科学部に在籍し、競走部の長距離ブロックで活動しています。1年時から箱根駅伝を経験し、現在は早稲田大学を代表する長距離選手の一人として注目されています。
山口智規からエースとしての姿勢を継承
山口竣平選手は早稲田大学で山口智規選手の背中を追いながら、エースとしての自覚を高めてきました。同じ名字の2人ですが、血縁関係ではなく、競技部内の先輩後輩という関係です。
山口智規選手が早稲田大学で築いた実績は大きく、後輩となった山口竣平選手にとって身近な目標となりました。山口竣平選手自身も、強い選手の姿勢を学びながら自分の競技スタイルを確立しています。
現在は山口竣平選手自身が早稲田大学のエース候補として名前を挙げられる存在です。高校時代から全国大会で経験を積み、箱根駅伝と怪我からの復活を経て、大学長距離界を代表する選手へ成長しています。
箱根駅伝2区への強い意欲も
山口竣平選手は箱根駅伝で2区を走ることへの強い意欲を持っています。1年時には3区で6人抜きの快走を見せましたが、さらに重要度の高い2区でチームに貢献することを目標にしています。
2区は各大学のエースが集まりやすい重要区間です。山口竣平選手が27分台や13分17秒台の記録を残していることを考えると、今後2区でどのような走りを見せるのか注目されます。
早稲田大学のエースとして結果を残しながら、将来的には実業団や日本代表を目指す可能性もあります。ただし、今後の進路や代表選出については現時点では確定しておらず、今後の活躍を見守る必要があります。
山口竣平のインスタは?競技以外では甘党な一面も
山口竣平選手は競技中の真剣な表情だけでなく、SNSや日常生活では親しみやすい一面も見せています。陸上選手としてのストイックな姿だけではなく、甘いものが好きという素顔も注目されています。
Instagramで見せる素顔とは
山口竣平選手はInstagramでも競技や日常に関する発信をしています。アカウントでは陸上競技に関する姿だけでなく、普段の雰囲気を感じられる投稿も見られます。
競技中は長距離選手らしい真剣な表情を見せていますが、プライベートでは甘いものが好きな一面があります。コメダ珈琲店のシロノワールやコンビニスイーツなどを好むことも知られています。
トップレベルの長距離選手として練習やレースに取り組む姿とのギャップが、山口竣平選手の魅力の一つです。競技だけでなく、こうした日常の姿を知ると、選手としての親しみやすさも感じられます。
妹の誕生日プレゼントがきっかけで猫派に
山口竣平選手はもともと犬好きでしたが、妹さんへの誕生日プレゼントをきっかけに猫好きになりました。高校1年生の3月に帰省した際、妹さんの誕生日に合わせて家族で猫を迎えたことがエピソードとして紹介されています。
高校生活では寮で家族と離れて暮らしていたため、帰省して家族と過ごす時間は貴重なものだったと考えられます。猫との生活が始まったことで、山口竣平選手自身も猫の魅力を感じるようになりました。
競技では非常にストイックな印象がある山口竣平選手ですが、家族やペットとのエピソードからは柔らかな人柄もうかがえます。兄弟について調べる際には、こうした家族との関係にも注目すると、山口竣平選手の素顔がより分かります。
山口竣平の兄弟についてまとめ
当記事では山口竣平選手の兄弟について紹介しました。山口竣平選手と山口智規選手は実の兄弟ではなく、早稲田大学競走部の先輩後輩という関係です。同じ名字で、ともに長距離のエース級選手として活躍したことから、兄弟ではないかと注目されたと考えられます。
山口竣平選手の家族構成は両親と妹の4人家族で、陸上競技を始めた背景にはご両親の勧めがありました。津幡南中学校から佐久長聖高校へ進み、高校では5000m13分34秒59や全国高校駅伝優勝などの実績を残しています。
早稲田大学進学後は箱根駅伝3区で6人抜きの快走を見せ、大学2年時には左大腿骨の疲労骨折を経験しました。しかし、怪我をきっかけにフィジカルや走り方を見直し、2026年には10000m27分59秒47、5000m13分17秒19まで記録を伸ばしています。
山口竣平選手は今後の早稲田大学を背負うエースとして、箱根駅伝2区への出走やさらなる記録更新が期待される選手です。競技での活躍はもちろん、家族とのエピソードや親しみやすい素顔にも注目して応援したいですね。
